[労働党舎]
この建物は8・15の解放後、北傀が共産独裁政権強化と住民統制を目的に建設した。6・25動乱まで使用した北傀の労働党鉄原郡党舎として悪名を駆せた所であり、北傀はこの建物を建てる時、義援金という口実で1里当たり白米200窯ずつを搾取し、人材と装備を強制動員する一方、特に建物の内部作業時は秘密維持のために共産党員だけで動員した。
そして共産治下の5年間、北傀はここから鉄原、金化、抱川、平康一帯を管掌しながら良民収奪し、愛国人に鳥肌の立つような蛮行を数えきれない程行ない、一度ここに入っていけば死体となるか搬送職人となり、出てくる度に無慈悲な殺戮を行なった所でもある。
この建物の後ろのパンゴンホでは多くの人骨と共に蛮行に使われた実弾と針金が発見された。
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