安保観光
 
[勝利展望台]

行政区域上江原道鉄原郡近南面に位置し、ソウル駅から104km、春川からは34km離れた地点にある。休戦線155マイルのうち真ん中に位置し、非武装地帯(DMZ)及び北方兵士らを一目で見られる。

   

[鉄の三角展望台]

京元線の最北端終着駅であるウォルジョンリ駅の向い側に位置する鉄の三角展望台は、1988年度に建設された4階の建物。この4階の展望台には望遠鏡が20台余り設置され、DMZ(非武装地帯)をはじめとし、北側のピョンガンコウォンと北傀儡のソンジョン村、金日成(高岩山)高地、ピイ稜線などをひと目で眺めることができ、北方の地形を製作した模型が設置されて、民族分断の現実を実感できる。

   
[ウォルジョンリ駅]

ソウルから元山へ走る京元線の鉄馬が少しの間休んだ所で、現在南方限界線の鉄柵と近接した最北端の終着地点に位置している。駅の向い側には「鉄馬は走りたい」という看板の下6・25動乱当時この駅で最後汽笛を鳴らした客車の残骸が古くなった骨格をあらわしたまま横になっていて、分断の現実を実感できるようになっている。

1914年8月、江原道内で一番先に付設されたが、ソウル⇔元山間223.7kmを連結する産業鉄道として鉄原で生産される生産物を輸送する幹線鉄道の役割をした。

   

[白馬高地戦闘戦跡碑]

海抜395mの白馬高地は鉄原平野を統制する要地であり、6・25戦時中最も熾烈な接戦を行なった鉄の三角戦跡地。1952.10.6〜10.15日までの10日間、国軍9師団と中国共産軍38軍の主力部隊が熾烈な血戦と進退を繰り返し、我が軍の3,146人、中国共産軍の14,389人が犧牲になった白馬高地を最後には韓国軍が勝ち取った有名な戦跡地だ。

白馬高地戦闘を通し、10日間で高地の主人が何と24回も変わり、爆弾が30万発以上炸裂することにより、山の高さが1m程低くなり、荒廃化した山の稜線が白馬の姿のように見えるとして白馬高地という名前がついた。

   

[労働党舎]

この建物は8・15の解放後、北傀が共産独裁政権強化と住民統制を目的に建設した。6・25動乱まで使用した北傀の労働党鉄原郡党舎として悪名を駆せた所であり、北傀はこの建物を建てる時、義援金という口実で1里当たり白米200窯ずつを搾取し、人材と装備を強制動員する一方、特に建物の内部作業時は秘密維持のために共産党員だけで動員した。

そして共産治下の5年間、北傀はここから鉄原、金化、抱川、平康一帯を管掌しながら良民収奪し、愛国人に鳥肌の立つような蛮行を数えきれない程行ない、一度ここに入っていけば死体となるか搬送職人となり、出てくる度に無慈悲な殺戮を行なった所でもある。

この建物の後ろのパンゴンホでは多くの人骨と共に蛮行に使われた実弾と針金が発見された。